工房探訪
9月とはいえ、夏の陽射しが注ぐ晴れた日、下井伸彦さんの工房へ伺ってまいりました。
作品を取り扱いさせていただくようになって、もう25年はゆうに経過しているでしょうか。
いつどんな作品を拝見しても、下井さんの作品は穏やかで柔らかい。
織りは人なり。
作品には作家が投影されるものですから、下井さんとじっくり膝を交えてお話出来る貴重な機会をいただけて、楽しみに伺いました。
左右に連なる雄大な山並みに抱かれる地に下井さんの工房はあります。
大通りを外れ、細い道を入って突き当りの一軒家。
その一階部分が工房でした。
下井工房の青いプレート。
このプレートを掲げた嵌め込みガラスの木枠ドアもいい感じです。
なんと、ご自身で取り付けたそう。
後程ご紹介いたしますが、工房の中は自ら設計した撚糸の為の造作機や糸造りの為のオリジナル機が並んでいて、それはそれは圧巻、の一言に尽きるのですが、その手作り精神やこだわりがドアにも表れているなあと感じました。
工房はお父様が立ち上げました。
下井さんご自身は地元の工業高校で学び、東京へ。
デザインの専門学校で学んだ後、卒業後はテキスタイルデザイナーとしてプリントデザインを手掛けていたそう。
30才の時、工房を引き継ぐことになりました。
色の選び方や、着物や帯ではないテキスタイルとしての感性は会社員時代に培われたそう。
そして、工業高校で学んだ知識も下井紬の土台となったと仰います。
特にお父様から教えてもらったことはないと下井さん。
また、お父様ご自身も独学で織りを学んでらしたそう。
往時の伊那地方には竜水社という組合製糸の発展があり、共に織りの技術も磨いていったのではないか、と振り返ります。
ただ、お話を伺っておりますと、真直ぐでひたむきな職人さんとしての下井紬の有り様は、お父様の影響なんだろうなとお見受けいたしました。
探究心の赴くままに追求してみる。
ごまかしはしない。
職人さんとして生きる矜持を感じます。
広々とした工房は、
原糸置き場、
糸のけばやゴミなどを取り除く検品スペース、
染めに使う草木などの原料場、
糸を染める染色場、
糸に糊付けを施す機械、
撚糸機、糸繰り機、巨大な整径機、そして織りの機が数台などなど、所狭しと並んでいます。
それはもう、個人の工房なのかと驚くぐらいで、
しかも、受け継いだものよりご自身で設計した造作機が多いのです。
それがオリジナルの糸作りには欠かせない、下井紬ならではの風合いを生み出すのですね。
伺った当日は、弊店での個展『 下井伸彦作品展 - 信州下井紬 – 』で発表いただく、新しい糸での試し織りに取り組んでらっしゃいました。
ツイードのような生地を作りたいんです、と下井さん。
柔らかくふわふらにしたきびそ、
その糸の周りに新たな糸を巻き付けて…etc.
詳細は省かせていただきますが、新しい風合いの帯地を開発中。
どんな帯地が出来上がるのか、楽しみです。
下井さんの作品は幅広く、しなやかな綾織から温もりの真綿紬まで、多彩で様々な風合いの作品を届けてくださいますので、糸の管理も大変だろうなと伺いますと、現在は6種類ぐらいの糸を使用しているそう。
それを元に精錬の具合、撚糸、混紡により様々な糸が生み出されています。
工房の周りの草木は全て染色材料。
今、藤の葉が、欲しい黄色を染められるので気にいっているそう。
藤蔓で工芸品を作るスタッフから、葉を分けてもらっているそうです。
帰り際、カメラ話に花が咲きました。
かつて、南アルプスを登山中に誤ってカメラを落としてしまい、雪が解けたころを見計らい、地形図を片手に落下地点を探してみたところ、無事カメラを発見。
壊れて使えなくなったF2は今でも自宅にあるそうです。
下井さんは想像通りの素敵な方でした。
お忙しいところ、ご対応いただき本当にありがとうございます。